羽ばたく

梅雨の時期はどうも憂鬱な気分になるものだが、今日は自分の患らった病気について思いを馳せている。これは「ピアニストが罹る、最も深刻な病気」とされている。発症して6年が経過して、これまでの道程を振り返ることが多くなってきたが、実はピアニストや音楽家だけが陥る病気ではない。原因は不明らしいが、発症する人には、ある共通の性質があるようだ。

声楽家は 歌おうとすると 声が出ない
フルート奏者は 楽器に唇をあてると 口が震えたりこわばったり
ギタリストは 爪弾こうとすると 指が丸まったり、突っ張ったりする
ピアニストも 指を鍵盤に置くことが怖くなり、自由は剥奪される

私の右手の指も 皮膚は感覚がなくなり、鍵盤の上下にも 弦の振動にも不感症になった
感じたいのに感じない 思い通りにならない 好きなのに怖い
壊れてしまった脳の中枢神経は 徐々に より深刻に 私を困らせていった

発病する人の共通の性質というのは おそらく
理想や信念 美や完成度への 願望、執着の強い人
そのために 自分をコントロールしようという 意識の強い人
そのためなら 犠牲を払っても バランスを崩しても構わない そう思う人

過度な心身の負担に 脳が耐えられなくなった時 発症するようだ
一度壊れた あるいは 別の指示をインプットされた神経回路は 元には戻らない
健康で意識はまともなのに 体が別のことを要求する
変容した脳 つまり 別人になったのだ
では 一体どうしたら ? 

・・・ 意識が無意識を 再教育する 

それが必要だった
数十年沁み付いた思考と 統御されなくなった動作から脱却するのは 並大抵の努力ではない
目標は 向上する事ではなく ゼロ地点に戻る事だった

当たり前にあったものが 失われ
出来たことが 出来なくなる
人の優しさやありがたみを知ると共に 孤独が深まる 途方に暮れる
時間は 問題を解決しない 
自分自身を信じなければ 先はない

ロシア奏法を教えている某先生もまた ジストニアらしいのだが
彼の「音」への希求は 凄まじい 
あのシューマンもまた この病いに罹り苛まれ 演奏を断念したという説がある
なぜだかノイシュヴァンシュタイン城に篭ることを夢想した ルートヴィヒ2世を想う
命が果てた先の 魂の喜びを 求めている

私もまた 小さな理想を携えて 高みへ羽ばたく ・・・ そう思っている


大学生のときに嵌ったマーラー
全てを超越したその美しさに 胸がしめつけられる





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