大別すると

ピアノの先生には大きく分けて二通りあると思う。
いやもかしたらピアノの先生に限らず、人間のタイプというか。

一つは 学術的で、知識や研究を好むタイプ
もう一つは 実践的で、感覚や経験を好むタイプ

おそらく2つの要素を兼ね備えていて、相手の性向、レベル、目標等に柔軟に対応できる人、
そして自らが誠実で良心的な努力家こそ、最高の教育者だろう。
それは、子供と親の関係でもそういえると思うが、こちらはより難しいかもしれない・・・。

今の先生は、後者だと思う。以前習っていた時は、楽譜に即して細かく音楽的な要求をすることが少なかった、本当に大事なことしか仰らなかった。テクニックについても具体的な指導が少なかったので不満を感じていた。でもそれは、私が手を患ったため、踏み込んだ要求が出来なかったのかもしれない。それに弾く人の個性の発露を重んじたところもあったと思う。どんなに上手い演奏も、上手いだけでは心に響かない。そこに真実がなければ。

今回数年の時を隔てて習っているのだが、何が違うと言えば、私自身が違っている。より謙虚で基礎から学んでいる。そんな中で「この先生はピアニストなんだなぁ・・・」と思うことが結構ある。音楽的な究明よりは実演のアドヴァイスが多い。例えばエオリアン・ハープの出だしでソフトペダルを使うべきかどうかと聞いたところ、「どんなピアノか分からないときは、最初は踏んでいて、深く打鍵したらいいですよ、ペダルはすぐに離していいです」とのこと。ちょっと考えれば、当たり前のアドヴァイスかもしれない・・・でもそこに「価値」を感じるかどうか、どう活かしてどう発展させるかは、学習者次第だ。
一を聞いて十を知る・・・そういう賢明さ そして何より実践する力こそ、熟達の鍵だ。

振り返ると、先生は目先の事象に捕らわれたり、振り回されたりしない聡明さ、長い目で物事を育てる温厚さを持っていらっしゃる。そういう先生に支えられている部分が、私にも息子にも多々あるだろう。

親子の関係においてもお互いに「学ぶ」という側面がある。それは歳月にしか生み出せない、貴重な要素だと思う。でもそんな事を抜きにして、根源的な居場所、心地良さがあって、感謝したり見守ったりできたら、それで十分に幸せという気がする。

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